保守派が集まった「新党」がどのように合流して分党して、また「新党」をつくったのでしょう

保守が集結した新党「次世代の党」

「日本創新党」は解党して主要メンバーの党首と代表幹事は「日本維新の会」へ合流しました。党首の山田宏も大阪府や大阪市特別顧問として就任しましたが、同じように元横浜市長の中田宏も大阪府や大阪市の特別顧問などを歴任しています。「日本維新の会」はそれから石原慎太郎のグループが分離して平成26年(2014年)に「次世代の党」として新たに新党として設立されました。ゴリゴリ保守の「日本創新党」の党首と代表幹事だった山田宏と中田宏のふたりは、政策がとても近い石原慎太郎のグループのメンバーの一人として「次世代の党」のメンバーです。

次世代の党

大阪維新の会が設立したのは平成22年(2010年)4月のことです。大阪という地域政党として「大阪維新の会」があって、自民党・民主党・みんなの党から離党した国会議員を加えて「日本維新の会」は平成24年(2012年)に設立しています。「日本維新の会」が設立した直後に、山田宏が党首をつとめた「日本創新党」が解党して合流して、11月には「たちあがれ日本」から改名した「太陽の党」が解党して、「日本維新の会」に合流しました。

もともと「日本維新の会」は橋下徹が党の代表についていました。そこに石原慎太郎が率いる「太陽の党」と合流したことから、平成25年(2013年)1月に石原慎太郎と橋下徹との共同代表制をとっていました。石原慎太郎そして橋下徹のふたりは、良くも悪くもとても個性の強いふたりです。果たしてこんなにお互いに個性の強い代表ふたりがうまくいくのか?!と思いましたが、表立った言い合いなどはありませんでしたが、平成26年(2014年)5月28日に、石原慎太郎と橋下徹共同代表の間で「日本維新の会」を分党することに合意することになり、石原慎太郎もしくは橋下徹どちらかを中心としてグループにメンバーがつくのかが発表となりました。

日本よ、永遠であれ

「日本維新の会」の石原慎太郎グループから分離して作られた新しい政党が「次世代の党」です。平成26年(2014年)8月1日に設立されましたが、「日本維新の会」が分党することにあたって6月5日に石原慎太郎側につくグループは山田宏を座長にして新党準備会を設置しました。政党として「次世代の党」を総務省に設立を届出たときに所属する国会議員は22名で党首には平沼赳夫、幹事長には山田宏、そして最高顧問:石原慎太郎として届出となりました。

「日本維新の会」を解党したことで、政党助成法上の「分割」が認められることになり、旧維新の会が受け取るはずであった政党助成金の一部を「次世代の党」も受け取れることになりました。この「次世代の党」という党名は、一般公募と参加議員から党名の募集を募り、設立される前の6月24・25日で参加議員が3案ずつ選ぶ投票が実施され、その結果「自由立憲党「日本改新党」「次世代の党」「新党富士」「れいめい日本」が最終候補に残りました。

そして選ばれた5つの党名から、7名の議員からなる党名選定委員会が無投票で全会一致で『次世代の党』に決定しました。この『次世代の党』という党名には、石原慎太郎たちが掲げていた新党のキーワードのひとつでもありました。そしてこの党は、ベテラン議員の石原慎太郎や平沼赳夫といった人たちが目立つ党のイメージを一新する狙いもありました。「たちあがれ日本」といえば平沼赳夫、そして太陽の党といえば石原慎太郎というようにイメージが強くなっていますが、そこをあえてベテランをアピールしなかったのは、ベテラン勢カラーより若い人にむけた党名だといえるでしょう。石原慎太郎は石原グループの新たな党名を発表するばで「次世代の党」について「自分達の共通の大きな責任は、貧富の格差が生じて結婚ができないなどに、人生の選択を狭められている若い人たちが、将来や人生に期待を持てるようにしていくこと」だと述べています。

そして子供や孫といった50年後そして100年後の日本という、大きな視点に立ち取り組んで祖先が日本を守り抜いてきたことを忘れることなく、日本の独立と繁栄のために次世代へ引き継ぎたいという意味が党名にも込められています。

基本政策

  • 国民の手で、自主憲法制定(新しい憲法)
  • 外交では、自立した外交と防衛力を強化することで、安全保障体制を確立し、集団的自衛権での憲法解釈を適正化。
  • 直間比率の見直しで、法人実効税率の大幅な引き下げで財政制度の転換を図る。
  • 医療費の自己負担割合の一律化と世代間格差を是正する社会保障制度の抜本改革。
  • 規制改革による成長戦略と、強い政府と賢い政府の実現。
  • 電源を多様化することと、安全で安定的なエネルギー政策をとり、原子力技術の維持はそのままで脱原発依存に取り組む。
  • 正しい歴史観と国家観を持つ日本人を育てる教育改革
  • 日本型州制度の導入で、地方の自立と自治・分権をねらう。

『次世代の党』の役職

  • 最高顧問・・・石原慎太郎:衆議院議員は9期そして、参議院は1期をつとめ、東京都知事には第14・15・16・17と歴任した政治家。若い年代では作家の顔を持っていることを知らない人が多いかもしれない。
  • 顧問・・・園田博之:当選回数は9回。この方は二世議員で、父親は内閣官房長官や外務大臣などを務めた園田直。選挙区は熊本4区。1984年に父親が急逝したことで父親の地盤を受け継いでいます。
  • 顧問・・・江口克彦:参議院議員1期。PHP総合研究所・PHP研究所の前社長で、元みんなの党最高顧問。松下幸之助の秘書としてまた晩年23年間側近として過ごすしたことから著作も多くある。
  • 党首・・・平沼赳夫:衆議院議員は11期の国会議員の中でもベテラン中のベテラン。2歳のときに養子となっているが義父は第35代内閣総理大臣の平沼騏一郎。岡山3区が選挙区。「憲法改正」ではなく「自主憲法制定」を使う。
  • 両院議員総会長・代議士会長:中山成彬:衆議院で当選7回。政界に入る前は大蔵官僚。妻は中山恭子で大蔵省時代の同僚。
  • 幹事長・・・山田宏:杉並区長を3期、東京都議会議員を2期つとめ、衆議院議員は2期。
  • 政調会長・・・桜内文城:政治家へなる前は大蔵省の官僚で会計学者。みんなの党で参議院を1期、衆議院で1期。妻が元衆議院議長の櫻内義雄の孫。
  • 総務会長兼選挙対策委員長・・・藤井孝男:参議院議員4期、衆議院議員5期、父親は新日本製鐵副社長や参議院議員をつとめた藤井丙午の三男で父親の死去で、政界入り。
  • 国会対策委員長・・・中田宏:衆議院議員として当選回数は4回、横浜市長は第28代と第29代を務める。
  • 参議院会長・・・中山恭子:元大蔵省官僚で、1993年に退官後2007年に参議院選挙で自民党から比例区で当選。夫がたちあがれ日本から出馬することをうけ、自民党を離党してたちあがれ日本へ入党。